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アッセンブリー京都教会 
牧師 長澤 聖志のblog
そして主はモーセと語られた。

モーセは幕屋を取って、これを宿営の外に、宿営を離れて張り、これを会見の幕屋と名づけた。すべて主に伺い事のある者は出て、宿営の外にある会見の幕屋に行った。モーセが出て、幕屋に行く時には、民はみな立ちあがり、モーセが幕屋にはいるまで、おのおのその天幕の入口に立って彼を見送った。モーセが幕屋にはいると、雲の柱が下って幕屋の入口に立った。そして主はモーセと語られた。 (出エジプト記33:7-9)

 

 

会見の幕屋。

そこで主はモーセと語られた。

 

モーセによって張られたその幕屋は

宿営の外に、宿営から離れて張られた。

 

モーセはそこに行き、

主との交わりのときをもった。

 

 

朝はやく、夜の明けるよほど前に、イエスは起きて寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。 (マルコの福音書1:35)

 

イエス様も寂しい所へ出て行かれ、祈られた。

主との交わりのときをもたれたのだ。

 

宿営から離れた宿営の外に張られた会見の幕屋。

イエス様が出て行き祈られた人々から遠ざかった寂しい所。

 

外に出る、中で主の御心を生きるために。

離れる、人々の中で主の心を知るために。

 

 

 

| sasshi-n | デボーション | 21:46 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。

時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。(創世記12:1)  

 

アブラムは主が言われたようにいで立った。ロトも彼と共に行った。アブラムはハランを出たとき七十五歳であった。 (創世記12:4)  

 

 

信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。(ヘブル人への手紙11:8)  

 

 

アブラハムは主のことばに従って旅立った、主が示す地に。

そしてそれは新約聖書によるならば、

行く先を知らないでの「出て行く」行為であった。  

 

しかし、それは住み慣れた地を出でることであり、

親族に別れを告げることであり、

自らの居場所と思っていた家を離れることであった。  

 

握っている手を緩めることは

簡単なことではないことだと思う。

 

しかし、神様は彼に別の場所と使命を備えておられた。

彼が手離してその手で握ったのは

神様の御手だったということなのかもしれない。

 

そして神様は彼の手を握られた。

主はその御手でアブラハムを導かれた。  

 

主がその御手で導いてくださいますように。

| sasshi-n | デボーション | 20:21 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
今、主の言葉どおり

25イエフは侍従ビドカルに言った。「彼をイズレエル人ナボトの所有地の畑に運んで投げ捨てよ。わたしがお前と共に馬に乗って彼の父アハブに従って行ったとき、主がこの託宣を授けられたことを思い起こせ。26『わたしは昨日ナボトの血とその子らの血を確かに見た』と主は言われた。また、『わたしはこの所有地であなたに報復する』と主は言われた。今、主の言葉どおり、彼をその所有地に運んで投げ捨てよ。」  (第2列王記9:25-26

 

主のことばが実現する。

かつて語られた言葉の通りに。

 

復讐はわたしのすることだ

ということばの重みを知る。

 

「復讐はわたしのすること、/わたしが報復する」と言い、また、/「主はその民を裁かれる」と言われた方を、わたしたちは知っています。(ヘブル人への手紙10:30)

 

復讐は正しく裁かれる神様が

なしてくださる。

 

復讐心にかられるとき、

自らの手によってではなく

神様に正しい裁きを

お委ねすることができますように。

 

 

聖書箇所:第2列王記9:14-26(日々のみことば) 2018年8月4日(土)

| sasshi-n | デボーション | 07:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
神の人の言葉どおりに

1エリシャは、かつてその子供を生き返らせてやったことのある婦人に言った。「あなたは家族と共に立ち去り、住める所に移り住みなさい。主が飢饉を呼び起こし、それはこの地にも及んで七年も続くからだ。」 2婦人は直ちに神の人の言葉どおりに行動し、家族と共に立ち去り、ペリシテ人の地に七年間住んだ。 (第2列王記8:1-2

かつてその子供を生き返らせてやったことのある婦人を配慮なさる神様。

かつてよきことをしてくださったお方は

今も、これからもご配慮してくださるお方ではないか。

 

彼女は飢饉より守られ、帰国後は土地を返還され、

離れていた期間の収穫をも受け取る。

 

神様のご配慮の豊かさを思う。

 

婦人は直ちに神の人の言葉どおりに行動し、家族と共に立ち去り、ペリシテ人の地に七年間住んだ。 (第2列王記8:4)

 

神の人の言葉通りに

直ちに

 

彼女の生き様があらわされている。

 

神様の言葉にしたがって行動するものの幸いを知る。

神様の言葉にしたがって歩むことができますように。

 

 

聖書箇所:第2列王記8:1-15(日々のみことば) 2018年8月1日(水)

| sasshi-n | デボーション | 08:57 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
すると鉄の斧が浮き上がった。

1預言者の仲間たちがエリシャに言った。「御覧のように、わたしたちがあなたと共に住んでいるこの場所は、わたしたちには狭すぎます。 2ヨルダンに行き、梁にする材木を各自一本ずつ取って来て、わたしたちの住む場所を造りましょう。」エリシャは、「行きなさい」と言った。 3一人が、「どうぞあなたもわたしたちと一緒に来てください」と頼んだので、「わたしも行こう」と言って、 4エリシャも彼らと共に行った。彼らはヨルダンに来て、木を切り出した。 5そのうちの一人が梁にする木を切り倒しているとき、鉄の斧が水の中に落ちてしまった。彼は、「ああ、御主人よ、あれは借り物なのです」と叫んだ。 6神の人は、「どこに落ちたのか」と尋ね、その場所が示されると、枝を切り取ってそこに投げた。すると鉄の斧が浮き上がった。 7「拾い上げよ」と言われて、その人は手を伸ばし、それを取った。(第2列王記6:1-7

 

 

浮き上がってきた鉄の斧。

日常の失敗をもフォローし、

助けを与えてくださる神様を知る。

 

 

バックアップしてくれる仲間がいるとき、

打球を処理する守備の選手は

飛んでくる打球に失敗を恐れず向かっていける。

 

 

僕の日々の歩みの中で

バックアップしてくださる神様がいてくださる

僕の背後で守ってくださるお方がいらっしゃる、

 

それは素晴らしいことだと思う。

 

あなたの守りと導きを信じて

今日を歩むことができますように。

 

 

聖書箇所:第2列王記6:1-14(日々のみことば) 2018年7月28日(土)

| sasshi-n | デボーション | 07:50 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
「安心して行きなさい」

15彼は随員全員を連れて神の人のところに引き返し、その前に来て立った。「イスラエルのほか、この世界のどこにも神はおられないことが分かりました。今この僕からの贈り物をお受け取りください。」 16神の人は、「わたしの仕えている主は生きておられる。わたしは受け取らない」と辞退した。ナアマンは彼に強いて受け取らせようとしたが、彼は断った。 17ナアマンは言った。「それなら、らば二頭に負わせることができるほどの土をこの僕にください。僕は今後、主以外の他の神々に焼き尽くす献げ物やその他のいけにえをささげることはしません。 18ただし、この事については主が僕を赦してくださいますように。わたしの主君がリモンの神殿に行ってひれ伏すとき、わたしは介添えをさせられます。そのとき、わたしもリモンの神殿でひれ伏さねばなりません。わたしがリモンの神殿でひれ伏すとき、主がその事についてこの僕を赦してくださいますように。」 19エリシャは彼に、「安心して行きなさい」と言った。(第2列王記5:15-19a

 

「安心して行きなさい」

 

まことの神を知ったナアマン将軍は自国に帰ってからの

これからの礼拝行為に関する不安をエリシャに吐露し、

紛らわしい行為をせざるを得ないことに関して赦しを請う。

 

そんなナアマンに神の人エリシャが答えた言葉が

「安心して行きなさい」であった。

 

まことの神に出会ったとしても

外側の生活は大きく変わるわけではない。

いやむしろ今までいたところで過ごすことを

神様はむしろ願われる。

 

「安心して行きなさい」

神の人から聞いたこの言葉は

ナアマンにとって心の重荷をおろさせる言葉ではなかったか。

 

「安心して行きなさい」

イエス様もしばしばこのように語られた。

 

「安心して行きなさい」

イエス様からの言葉を受け取って

歩むことができますように。

聖書箇所:第2列王記5:15-27(日々のみことば) 2018年7月27日(金)

| sasshi-n | デボーション | 07:35 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができるでしょうか」

42一人の男がバアル・シャリシャから初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た。神の人は、「人々に与えて食べさせなさい」と命じたが、 43召し使いは、「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう」と答えた。エリシャは再び命じた。「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。『彼らは食べきれずに残す。』」 44召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した。(第2列王記4:42-44)

 

飢饉に見舞われていた地(38節)での出来事が記される。

その一つが「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができるでしょうか」と

召使いが語るほどの足りない食物で食べてなお残すほどに満たされた出来事である。

 

神様の備えとご配慮を思う。

五つのパンと二匹の魚で五千人もの人々が満腹した出来事を思い起こす。

五つのパンと二匹の魚を祝福して分け与えられたイエス様を。

 

イエス様の教えてくださった祈り、

日毎の糧を今日もお与えください。

 

主が私たちの今日の必要を

満たしてくださいますように。

 

 

参考:日々のみことば 2018年7月25日 第2列王記4:38-44

                    引用 日本聖書協会 新共同訳聖書)

| sasshi-n | デボーション | 06:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
「あなたの子を受け取りなさい」

32エリシャが家に着いてみると、彼の寝台に子供は死んで横たわっていた。 33彼は中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈った。 34そしてエリシャは寝台に上がって、子供の上に伏し、自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみ込むと、子供の体は暖かくなった。 35彼は起き上がり、家の中をあちこち歩き回ってから、再び寝台に上がって子供の上にかがみ込むと、子供は七回くしゃみをして目を開いた。 36エリシャはゲハジを呼び、「あのシュネムの婦人を呼びなさい」と言った。ゲハジに呼ばれて彼女がエリシャのもとに来ると、エリシャは、「あなたの子を受け取りなさい」と言った。 37彼女は近づいてエリシャの足もとに身をかがめ、地にひれ伏し、自分の子供を受け取って出て行った。(第2列王記4:32-37

 

 

こどもが死ぬ。

それを体験した母親に、

神の人エリシャは

その息子を生き返らせ返した。

「あなたの子を受け取りなさい」と言って。

こどもが死んだ時彼女はエリシャに迫る。

「わたしがあなたに子供を求めたことがありましょうか。

わたしを欺かないでくださいと申し上げたではありませんか。」と。

こどものない女性にこどもが与えられ、

その大きな喜びに生きていた人が

突然味わった失う悲しみ。

 

こんな悲しみを味わうなら

いっそ与えられなかった方が良かった、

そんな思いがあったのかもしれない。

 

しかし、そんな母親に神の人エリシャは

奇跡によってその子を生き返らせ、

こどものいる生活へと返してくれた。

 

僕らの味わう喪失体験も

それだけで終わることはなく、

神様は必ず、お返しくださる、

取り戻してくださるお方であることを知る。

 

神の国を待ち望むものに与えられている希望だと思う。

 

参考:日々のみことば 2018年7月24日 第2列王記4:18-37

                    引用 日本聖書協会 新共同訳聖書)

 

 

| sasshi-n | デボーション | 08:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている

15エリコの預言者の仲間たちは目の前で彼を見て、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」と言い、彼を迎えに行って、その前で地にひれ伏した。 (第2列王記2:15)

 

 

天に昇っていったエリヤ。

地に残っていたエリシャ。

エリシャはエリヤの働きを引き継ぐ、

エリヤがいただいていた主の霊を

エリシャもいただいて。

 

エリヤはこの地を去ったが

エリヤに委ねられていた働きは

この地でなお引き継がれていく。

 

 

主の御心は

御心のときまでつづく。

 

神様

主の御手にお委ねすることができますように。

手放すべきものを手放すことができますように

握りしめている手をひろげることができますように。

 

主の御心がなされますように。

御心が天でおこなれるように

地でも行われますように。

あなたの御心が、

僕の歩みの中に

あらわされますように。

 

 

参考:日々のみことば 2018年7月20日 第2列王記2:15-25

                    引用 日本聖書協会 新共同訳聖書)

 

| sasshi-n | デボーション | 07:50 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
天から神の火が

9アハズヤは五十人隊の長を、その部下五十人と共にエリヤのもとに遣わした。隊長がエリヤのもとに上って行くと、エリヤは山の頂に座っていた。隊長が、「神の人よ、王が、『降りて来なさい』と命じておられます」と言うと、 10エリヤは五十人隊の長に答えて、「わたしが神の人であれば、天から火が降って来て、あなたと五十人の部下を焼き尽くすだろう」と言った。すると、天から火が降って来て、隊長と五十人の部下を焼き尽くした。 11王は再びもう一人の五十人隊の長を、その部下五十人と共にエリヤのもとに遣わした。隊長が、「神の人よ、王が、『急いで降りて来なさい』と命じておられます」と言いかけると、 12エリヤは彼らに答えて、「わたしが神の人であれば、天から火が降って来て、あなたと五十人の部下を焼き尽くすだろう」と言った。すると、天から神の火が降って来て、隊長と五十人の部下を焼き尽くした。 (第2列王記1:9-12

 

 

自分の気に入らない預言をするものに兵を遣わしたアハズヤ王。

しかし使わされた兵は天から降る神の火によって焼き尽くされてしまう。

自分に逆らうもの、

気に入らない言葉を語るもの、

それらの声を遮り、抹殺しようとする

王の姿がうかがえる。

 

僕たちもまたこのような声を聞くとき

その声に耳を塞ぎ、

その声に背を向け、

その声をなきものとすることがある。

 

神様、

あなたの言葉、語りかけ、声に

耳を傾けることができますように。

たとえその声が僕の人生に修正を

もたらすものであったとしても。

 

あなたがあなたの声を僕の心の奥底に

届けてくださいますように。

 

参考:日々のみことば 2018年7月17日 第2列王記1:1-1:2

                    引用 日本聖書協会 新共同訳聖書)

| sasshi-n | デボーション | 09:12 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
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