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アッセンブリー京都教会 
牧師 長澤 聖志のblog
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恐れをもたらしたのは民の心の行方

ヤロブアムは心に思った。「今のままなら、この王国はダビデの家に戻るだろう。この民が、エルサレムにある主の宮でいけにえをささげるために上って行くことになっていれば、この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、私を殺し、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。」そこで、王は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」それから、彼は一つをベテルに据え、一つをダンに安置した。このことは罪となった。民はこの一つを礼拝するためダンにまで行った。(第1列王記12:26−30)

 

支配者となったヤロブアム。

しかし彼に恐れをもたらしたのは民の心の行方であった

 

民が、エルサレムに上って行くことになっていれば、

この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、

私を殺し、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。という恐れであった。

 

そして彼がしたことは、

なんと金の子牛を二つ作ったというのである。

 

彼は神様の約束によって王になった人物ではなかったか。

 

王は民の願いを聞き入れなかった。それは、主がかつてシロ人アヒヤを通してネバテの子ヤロブアムに告げられた約束を実現するために、主がそうしむけられたからである。(第1列王記12:15)

 

今や、彼は自らの考えとアイディアで民を引きとめようとしている、

しかも偶像を作ることによって。

 

 

手にした高い地位や立場を守る、

人はそのためになんでもする存在なのかもしれない。

 

主よ、どうぞ僕の心の目を開いてください。

そして、あなたによって支えられる人生となりますように。

 

(日々のみことば 2017年6月4日 砧鷁Φ12:25-33 引用 新日本聖書刊行会 新改訳聖書)

| sasshi-n | デボーション | 21:48 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
私たちは王様ではありませんが 近所 会社また家庭でも恐れを抱きます 教会の牧師でも信徒から離反されるのではないか恐れを抱き虚偽を話す牧師も見てきました。人は神より人が恐ろしいんです。
子どもたちがまっすぐ神様を愛して強い優しい大人になってもらいたいと心から思います


| シェルティ大好き | 2017/06/07 10:23 AM |
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