blog index

元気です! ながさわです!!

アッセンブリー京都教会 
牧師 長澤 聖志のblog
<< 2018年06月19日 | main | 2018年06月20日 >>
私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。

それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。 (第2コリント 12:10 新共同訳)

 

ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。(第2コリント 12:10 新改訳聖書)

 

侮辱に甘んじる

侮辱に満足する

 

侮辱に甘んじ

侮辱に満足した時の

パウロの気持ちとはいかなるものだったのだろうか。

 

侮辱には

弱さや窮乏や迫害や行き詰まりとは違う

甘んじることができない。

満足することができない、

特別な感情があるように思う。

 

それは自尊心が傷つけられることではないか。

自尊心が傷つくと自らを支えている芯が揺らぐ。

 

パウロは語る。

侮辱がもたらす弱さゆえに

キリストの力におおわれると。

 

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。(第2コリント12:9新改訳聖書)

 

 

そのような状況になったとしても

イエス様を見上げ願わくは、

パウロのごとく甘んじ、

満足することができますように。

 

そして、

キリストの力が弱さのうちに

完全にあらわされますように。

| sasshi-n | デボーション | 21:07 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
コメント

長澤先生 今メッセージを聴き終わりました。 感想を書けないほど心に痛いメッセージでした。 ただただ 自分がとげをを嫌がり不満しかないのにも関わらず 他人のとげを見つけていました。 私は人の非難をしない長所があるとうぬぼれていました。でも人のとげを探しています。 家族には責めてばかりいました。 心から愚かなものだと思わされました。 神さまごめんなさいと祈らざるをえません
このメッセージは忘れないと思います。このメッセージを聴けたこと 神さまにありがとうございますと言えました

今週一週間の先生のお働きをお祈りしています

| シェルティ大好き | 2018/06/25 11:35 PM |
コメントする


この記事のトラックバックURL
http://sasshi-n.ag-kyoto.com/trackback/953127
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

bolg index このページの先頭へ