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元気です! ながさわです!!

アッセンブリー京都教会 
牧師 長澤 聖志のblog
<< 2018年07月20日 | main | 花びらにとまる蝶 >>
「あなたの子を受け取りなさい」

32エリシャが家に着いてみると、彼の寝台に子供は死んで横たわっていた。 33彼は中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈った。 34そしてエリシャは寝台に上がって、子供の上に伏し、自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみ込むと、子供の体は暖かくなった。 35彼は起き上がり、家の中をあちこち歩き回ってから、再び寝台に上がって子供の上にかがみ込むと、子供は七回くしゃみをして目を開いた。 36エリシャはゲハジを呼び、「あのシュネムの婦人を呼びなさい」と言った。ゲハジに呼ばれて彼女がエリシャのもとに来ると、エリシャは、「あなたの子を受け取りなさい」と言った。 37彼女は近づいてエリシャの足もとに身をかがめ、地にひれ伏し、自分の子供を受け取って出て行った。(第2列王記4:32-37

 

 

こどもが死ぬ。

それを体験した母親に、

神の人エリシャは

その息子を生き返らせ返した。

「あなたの子を受け取りなさい」と言って。

こどもが死んだ時彼女はエリシャに迫る。

「わたしがあなたに子供を求めたことがありましょうか。

わたしを欺かないでくださいと申し上げたではありませんか。」と。

こどものない女性にこどもが与えられ、

その大きな喜びに生きていた人が

突然味わった失う悲しみ。

 

こんな悲しみを味わうなら

いっそ与えられなかった方が良かった、

そんな思いがあったのかもしれない。

 

しかし、そんな母親に神の人エリシャは

奇跡によってその子を生き返らせ、

こどものいる生活へと返してくれた。

 

僕らの味わう喪失体験も

それだけで終わることはなく、

神様は必ず、お返しくださる、

取り戻してくださるお方であることを知る。

 

神の国を待ち望むものに与えられている希望だと思う。

 

参考:日々のみことば 2018年7月24日 第2列王記4:18-37

                    引用 日本聖書協会 新共同訳聖書)

 

 

| sasshi-n | デボーション | 08:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
喪失感を何によって埋めるのか?

私たちは小さな喪失感から大きな喪失感を人生で味わいます。一番の喪失は子どもを失うことです。
母親は身をかがめて とあり 神様に服従と感謝の気持ちが現れています

喪失しても神様に服従に感謝できれば新しい何かを得ることができるのかも知れません

長澤先生は喪失から希望を見いだされた方です。 お友だちを神様の子どもとして愛してみえるのがわかります。

こども祭り 楽しかったようですね‥かき氷 私も食べたかったなあ笑

お友だちの健康をお祈りします。
| シェルティ大好き | 2018/07/24 9:59 AM |
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