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元気です! ながさわです!!

アッセンブリー京都教会 
牧師 長澤 聖志のblog
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きょうは悩みと、懲らしめと、はずかしめの日です。

1ヒゼキヤ王はこれを聞いて、衣を裂き、荒布を身にまとって主に宮に入り、 2宮内卿エリアキムと書記官セブナおよび祭司のうちの年長者たちに荒布をまとわせて、アモツの子預言者イザヤのもとにつかわした。 3彼らはイザヤに言った、「ヒゼキヤはこう申されます、『きょうは悩みと、懲らしめと、はずかしめの日です。胎児がまさに生れようとして、これを産み出す力がないのです。 4あなたの神、主はラブシャケがその主君アッスリヤの王につかわされて、生ける神をそしったもろもろの言葉を聞かれたかもしれません。そしてあなたの神、主はその聞いた言葉をとがめられるかもしれません。それゆえ、この残っている者のために祈をささげてください』」。(第2列王記19:1-4)

 

 

『きょうは悩みと、懲らしめと、はずかしめの日です。胎児がまさに生れようとして、これを産み出す力がないのです。』

 

悩みと、懲らしめと、はずかしめの日。

このように叫ばなければならない日が

私たちの人生にも訪れることがある。

 

しかし、神様は救いの計画を

持っておられるのが神様であることを知る。

 

悩みと、懲らしめと、はずかしめの日を体験したヒゼキヤ王は

預言者イザヤに伝え、祈りをささげてくださいと頼んだ。

 

そしてヒゼキヤ王はイザヤを通して主の救いの計画があることを知る。

 

主が救いの計画をヒゼキヤ王と民に備えておられたように、

この私にも備えていてくださることを信じて歩むものでありたい。

 

参考:聖書箇所:第2列王記19:1-19(日々のみことば) 2018年8月21日(火)

| sasshi-n | デボーション | 08:06 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
メッセージ配信感謝します。一度めは目をつぶって情景を浮かべ二度めはメモ

神様の語りかけはなにかなあと考えれるメッセージはなかなか聴けません

人は悩み 恥ずかしめ 懲らしめの日を人生のうち経験するでしょう?

私は苦しみの時には神様に祈れません 日々神様に祈り求めみことばを聞くようにしたいです。

神様は脱出の方法を与えてくださると信じられますように

信じることは難しいです。逆境の時にこそ信じることは難しいです。

| シェルティ大好き | 2018/08/21 2:55 PM |
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