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元気です! ながさわです!!

アッセンブリー京都教会 
牧師 長澤 聖志のblog
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ミヅパで食を共にしたが・・・

1七月のころ、王家のもので、エリシャマの子ネタニヤの子であり、また王の高官のひとりであるイシマエルは、王の十人のつかさたちと共にミヅパにいたアヒカムの子ゲダリヤのもとにきて、ミヅパで食を共にしたが、 2ネタニヤの子イシマエルおよび共にいた十人の者は立ち上がって、バビロンの王がこの地の総督としたシャパンの子アヒカムの子であるゲダリヤを刀で殺し、 3イシマエルはまたミヅパでゲダリヤと共にいたすべてのユダヤ人と、たまたまそこにいたカルデヤびとの兵士たちを殺した。(エレミヤ書41:1-3

 

エルサレムが陥落したのち

バビロンに連れて行かれたものだけでなく 

ユダに残された者もいた。

ユダはゲダルヤが総督となり、

多くの者がゲダルヤのもとに集まり、

収穫もなされていった。

そしてエレミヤもとどまることとなった。

 

バビロンからの帰還の預言に基づく

約束の希望だけでなく

ユダにおいても光明がみえたかにみえた。

 

しかし、王族のイシュマエルが

アンマンの王と結びつき

暗殺が行われる。

 

光が断たれたかのようなできごとではないか。

身内による暗殺。

王族でないゲダルヤが総督となったことも

暗殺理由の一因であったかと思う。

 

この世の罪の現実を知らされる気がする。

かすかにもたらされたかのような光が

たちどころに断たれていく。

それぞれの思惑が交錯し、

それぞれが正しいと思うことに進んでいく。

 

 

みことばを思い起こす。

 

 6われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。 (イザヤ書53:6

 

 

罪深い私たちが待ち望むべきお方は

まことの王なるイエス様であり、

私たちの罪の罰を担ってくださる

苦難のしもべなるイエス様であることを

神のことばは僕に指し示してくれている。

 

 

神様

与えられた光をも自ら断ち切るような

私たちであってもなおもあわれみ、

救いの計画を持ち続けてくださることを

感謝をいたします。

 

あなたの御手の中で

今日も歩むことができますように。

 

(参考:日々のみことば 2018年11月15日 エレミヤ書41:1-18

                    引用 日本聖書協会 新共同訳聖書)

| sasshi-n | デボーション | 08:17 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
コメント

毎日神様に嫌われることばかりしています。神様に嫌われることは自分も苦しめるのに 神様に喜ばれるのはどちらか?わかっていてもできません。 救いは一瞬 聖化は一生 大好きなクリスチャンの友達がよく励ましてくださる言葉です。

明日の礼拝にたくさんの人たちが集まりますように 神様のみこころを探せますように お祈りします。
| シェルティ大好き | 2018/11/17 8:11 PM |
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